フィリピン台風

 

【フィリピン台風】

 

 

 

 2013118日、地球歴史上最強と言われる台風(国際名:ハイエン)がフィリピンを襲いました。最大瞬間風速は103mであり、最も甚大な被害を受けたレイテ島は壊滅しました。

 

その隣に位置するセブ島(特に北部)も大きな被害を受けましたが、その場に当チームの幹部メンバーが3人居合わせており、台風直撃前日より司令塔として現地を指揮しました。主な活動内容は、以下の通りです。

 

 

 〈台風直撃前日〉

 

 語学学校(寮付き)にて、学校長・理事長・全スタッフ(セキュリティスタッフ含む)の司令塔となり、学生やスタッフを守る為に被害を最小限に留め、且つ二次被害を防ぐ準備を行いました。具体的に指揮した内容は、

 

①ドアの撤去。吹き抜けになっているドアがあったので、風でガラスが飛び散ることがないように、それらのドアを敢えて撤去しました。

 

②窓ガラスの対応。教室・寮部屋にある全部の窓ガラスに、ガムテープを×の字に貼り、的ガラスが割れても飛び散ることがないように対策を行いました。また、全てのカーテンを閉め、二重で対策を行いました。

 

③土嚢作り。全スタッフに土嚢の作り方、且つ丈夫な土嚢の並べ方を指導しました。全部で150個以上の土嚢を作りました。猛烈な雨が降った際に、洪水にならないようにする為です。

 

 

〈台風直撃当日〉

 

 台風直撃当日は、以下の内容を指揮しました。

 

①洪水になった場合、避難不可となるので、1階に住む寮生・スタッフを、2階以上の部屋へ避難させました。

 

②寮生・スタッフへ、構内放送で指示が出た時以外は各自の部屋で強制待機命令。

 

③食堂へ移動時の導線確保と誘導。窓ガラスがある場所等の危険な場所を避け、安全な導線を見つけ、全スタッフ・寮生への誘導を行ないました。

 

④緊急時の対応。実際、数カ所の窓ガラスが割れる等の被害があったが、そのような事態の対応・指揮を行いました。

 

 

以上のような対応を行った結果、窓ガラスが数カ所割れる等の小規模災害は発生したものの、怪我人ゼロの結果で、被害を最小限に留めることができました。

 

 

 

また、その2年半後、現場視察を行いました。訪れた現場は3件。

 1件目は、San Pedro要塞。この場所は、フィリピン最古の要塞であり、日本軍が占領していた時代捕虜収容所として使われていた場所であり、今では多くの観光客が訪れる場となっています。災害直後は、2階屋上部分の多くが崩れ、瓦礫の山となっておりました。しかし、2年半が経った現在は、全て撤去され、崩壊した部分もしっかりと修理され、完全に元通りになっていた、と感じました。

 

 2件目は、Santo Nino Church。ここはフィリピン最古のキリスト教の教会で、この場所も観光地として非常に有名です。大地震後、教会の一部が倒壊し、入場の立ち入りも禁止となりましたが、現在立ち入り禁止は解除となり、最古の神聖な場として観光客の出入りも激しくなる程まで戻りました。しかしながら、倒壊した巨大な鐘等はそのまま残されており、まだ災害の跡が残された状態にありました。

 

 3件目は、語学学校です。今回訪れた際は完全に元通りになっていたのですが、この学校ではあの災害から変化したことがありました。それは、学校のスタッフ達はあのような災害を教訓にし、避難訓練等の実施等を行う等、災害への意識・危機感を高め、次に活かす努力をしておられたことです。

 

 このように、災害に遭ったことを教訓にし、災害に対して現地の方が次のステップへ進んでいたことを見て、非常に感銘を受けました。